ある金曜の夜

週に何度かその店に行くのが、ささやかな楽しみである。日付が変わる少し前、仕事を終えたおれは今日もその店に向かった。ビルの2階、階段を上って扉を開ける。おれはいつものように注文してカウンターの席についた。長居はしない。いつも一杯だけと決めているのだ。
ふと後ろを振り返ると、何やら重い表情をした一組の男女が座っている。女性が、隣に座っている男性の腕を両手で掴んで詰め寄っている。男性はだまって俯いたまま。喧嘩、というよりは一方的に女性が話しているようだった。どんな内容なのかは分からない。体を元に戻した。見ず知らずの男女の揉め事を気にしても仕様がない。それよりも自分の時間を大切にするのだ。短い時間ではあったが、おれは今日の締めくくりとなるその一杯を味わった。
しばらくして、帰ろうと席を立った。先ほどの男女はまだそこに居た。が、明らかに表情が違っていた。男性は柔らかい笑顔を女性に向けている。この数分の間で何かがちゃんと納まったらしい。「雨降って地固まる、か…」などという諺が頭をよぎるようになるともうすっかりおっさんである。「やれやれ」とさらにおっさんくさい苦笑いをしながら、おれははなまるうどんを出た。おしまい。